16.コミュニケーション能力が低いのは誰だ?

こんにちは。

このまえ小さい秋を見つけたばかりですのに、すっかり大きな秋となりました。

もうちょっとしたら、小さな冬が見つかりそうです。

 

 

今回は、私が苦手とする言葉、「コミュニケーション能力」について思うことを書きます。

 

経団連 新卒採用に関するアンケート調査結果

 

まずは、経団連(日本経済団体連合会)が2017年11月27日に発表した「2017 年度 新卒採用に関するアンケート調査結果」を記します。

画像が小さくてご覧になりにくいと思います。
章の下段に元資料のリンクを貼りました。

経団連企業会員 1,339 社中、回答社 553 社(回答率 41.3%)
「選考時に重視する要素」の上位5項目の推移です。

 

以下は、上のグラフから数字(%)を拾ったものです。

コミュニケーション能力 82.0
主体性         60.7
チャレンジ精神     51.7
協調性         47.0
誠実性         44.2
ストレス耐性      34.5
責任感         23.3
論理性         22.4
課題解決能力      20.6
リーダーシップ     15.4
専門性         13.6
信頼性         12.8
柔軟性         12.7
創造性         12.1
潜在的可能性(ポテンシャル  )11.6
一般常識          6.6
語学力           6.6
履修履歴・学業成績     4.2
留学経験          1.1
その他           4.0

 

コミュニケーション能力を重視する企業が多いですね。

 

元資料
「2017 年度 新卒採用に関するアンケート調査結果(2017 年 11 月 27 日)
(一般社団法人 日本経済団体連合会サイト」)

 

コミュニケーション能力が低いのは会社側ではないでしょうか?

 

私、ふと閃いたことがあります。

コミュニケーション能力を求める会社の方が、実は能力が低いのではないか?

 

「コミュニケーション能力が低い」と面接で評価される学生がいたとします。

この学生が入社した場合、会社がちゃんと学生の個性を理解し的確に教育するならば、入社後に活躍するはずです。

理解は、コミュニケーションから始まりますね。

会社が学生を理解できないということは、会社側のコミュニケーション能力が低いのではないでしょうか?

 

仮に自己表現が苦手な学生のことを考えましょう。

もしも会社側にコミュニケーション能力があるならば、この学生を受け止め、安心させ、リラックスできる状態で学生の心を引き出し、自己表現を高めることができるのではないでしょうか?

このように考えますと、コミュニケーション能力が低いのは学生側ではなく、むしろ会社側ではないかとすら思えてきます。

 

このことは、入社後の社員教育やOJTにも当てはまるのではないかと考えます。

会話が苦手な新入社員、理解力と共感力と表現力が低い新入社員はどちらにもいます。

新入社員は「あの人はコミュニケーション能力が低い」と上司や同僚が評価することでしょう。

しかし、上司や同僚が新入社員の特性を理解して認めることがコミュニケーションの第一歩だと思います。

それが出来ないならば、会社側がコミュニケーション能力が低いのではないでしょうか。

 

「コミュニケーション能力」という言葉にとらわれて、自信をなくしている方々がい多いと聞きます。

数十社の会社面接で不合格となり、自分は社会から否定されているのではないかと悩む学生も多いようです。

 

 

その学生さんにお伝えしたいことがあります。

「コミュニケーションをとる度量がないのは、会社側(または社会側)ではないか」と考えてみてはいかがでしょうか?

もちろん、挨拶をする、報告連絡相談をする、分からないことは尋ねる、相手を否定せずにまずは受け止めるなどのコミュニケーションの大切さを知り、習得する不断の努力は誰もが必要です。

私がここで申したいのは、「コミュニケーション能力」という言葉は、力がある側(多数派と言い換えても良いです)が自分のことは棚上げしておいて、少数派に向かって乱用している可能性が大きいということです。

コミュニケーションの取り方は、一つの正解があるわけではありません。

いくつもの方法と手段があります。

この多様性を会社側(社会)が理解することは、会社(社会)の活性化につながると思います。

 

 

セルフコンパッションに関する今までの投稿一覧

 

1.怒りとの良い付き合い方とマインドフルネス

2.私が今ここにいる意味と『病者の祈り』

3.今を生きる

4.「棚上げ」という魔法

5.母を亡くしました

6.認知症だった母への罪悪感

7.罪悪感を手放す具体的な方法

8.罪悪感と怒りとは同じものかもしれません

9.悲しみは誰でも持っている。『でんでん虫の悲しみ』(新美南吉)

10.対話は、理解よりも共感が大切! -書籍と映画を通じて-

11.「自己責任論」を「セルフコンパッション」で乗り超える

12.自分の思い込みを知って、楽に生きよう!

13.映画「ありがとう、トニ・エルドマン」にみる父と娘

14.気持ちを素直に伝える。これがアサーションという権利

15.押してもダメなら引いてみな。「逆櫓の構え」

16.コミュニケーション能力が低いのは誰だ?

 

 

 

 

 

 

15.押してもダメなら引いてみな。「逆櫓の構え」

こんにちは。

紅葉の季節ですのに、ある地域は25度近い気温とか。

寒暖の差が大きくて体調を壊しそうですね。

 

(画像引用:矢切と葛飾区柴又を結ぶ舟。松戸市観光協会)

 

今回は、引きこもりに関する雑誌に書かれていた言葉「逆櫓(さかろ)の構え」から感じたことを書きます。

「逆櫓(さかろ)の構え」は引きこもりではない方々にとっても示唆ある言葉だと思いましたので、今回取り上げる次第です。

なお、 「逆櫓」とは、船を後ろへも自由に漕ぎ進められるように、艪を船の前部に取り付けることです。

 

(アイキャッチ画像引用:『HIKIPOS 03』(2018.8.15)表紙)

 

ひきこもり当事者の声満載の雑誌『 HIKIPOS 』

 

ご縁があり『HIKIPOS―ひきこもり・生きづらさ当事者の声が満載!』という雑誌を読みました。

 

まずは雑誌の各号の特集と表紙をご覧ください。

 

01号の特集

「なぜ、ひきこもったのか。ひきこもり当事者が語る“原因”」。

(画像引用:HIKIPOS 2018.2.15)

 

02号の特集
「こうして人とつながった。経験者が語る“人とつながる方法”」。

(画像引用:HIKIPOS 2018.5.15)

 

03号の特集
「ひきこもりと恋愛・結婚」。

(画像引用:HIKIPOS 2018.8.15)

 

以下が裏表紙に記してありました。

 

ウェブ版ひきポス http://www.hikipos.info/   (『ひきぽす』で検索)

Twitter  @hikipos1

Facebookページ www.facebook.com/hikipos

お問い合わせ先 info@hikipos.info

 

「背水の陣」よりも「反櫓(さかろ)の構え」

 

『HIKIPOS』02号の11頁。

タイトル「社会に出ていくよりも、逃げること」(喜久井ヤシンさん)から抜粋します。

 

 

(略)

「自分は完全に、社会人として立派にならなければいけない。」「親にも世間にも恥じないよう、金を稼ぐ男性にならねば、絶対に許されない。」-そんな脅迫的な思いで、私は自分の精神を痛みつけていた。

……時は流れて、三十代になった現在の私は、親しい人とのつながりもあり、アルバイトで自活さえしている。そうなったのは、「絶対に行かねばならない進路」を行ったからではない。「失敗しても大丈夫な退路」を得たからのことだ。車輪を回す力をゆるめて、少しだけ方向転換し迂回路を行くような、そんなゆとりが要った。

(略)

当然、変化は数日や数カ月で起こるようなものではなく、数年もの歳月をかけて、ゆっくりと起こっていった。

(略)

進路より退路を、というのは、医学の分野でも主張されてきた。精神科医の中井久夫氏は、精神の健康のためには、「背水の陣」ではなく「逆櫓(さかろ)の構え」が必要だと言っている。逆櫓とは、後ろに下がるためのオールをそなえた船のこと。前へ進まねばならない強さより、退くことのできる柔軟さが必要だという。

(略)

ひきこもり支援の場でも、「絶対に成功しろ」というメッセージが、逆効果になることはすでに指摘されてきた。仕事を恐れるひきこもりに対して、「バイトの面接に受からねばならない」と追い詰めるやり方では動き出せない。それよりも、「面接、五回くらい失敗しておいで」と言える人がそばにいた方が、よほど動き出しやすくなる。私としても、もしも自分の親がそれくらいの気持ちでいてくれたなら、どれくらい精神が楽になったかわからない。

(略)

「絶対に」、「間違いなく」、「前へ進まねばならない」なんて思いに取り囲まれたままだったなら、私はいつまでも、人とのつながりのない生活をしていただろう。就労や学業といった最短距離では、私は進むことはできなかった。自分なりの退路・迂回路があることで、ようやく動きだせる。それが人とのつながりにもなり、良し悪しを別とした一つの結果として、社会的なつながりも生み出していく。私はそのような経験をしたように思う。

(略)

 

 

 

いかがでしたのでしょうか?

私は一行一行が胸に刺さりました。

「前へ」に行ってもよし、時には後ろに「退く」のもよしなのですね。

 

しばらくして、心に安らぎを感じました。

 

後ろ向きに歩いてみると・・・・・

 

以前試したことを思い出しました。

後ろ向きに歩いてみたのです。

すると、後ろに一歩後退するたびに、視野が広がったのです。

空が広く見えたのです。

建物と木々が私の目の中で広くなっていったのです。

新鮮でした。

 

後ろ向きに歩むと、今まで見えていた光景が違ったものとして見えてくるのです。

 

YouTube動画(19秒 後ろ向きに歩く人たち.wmv)

 

 

余談ですが、水前寺清子さんが「押してもだめなら引いてみな」と歌っています。
・歌詞

でも、歌詞の中の「登っていくのが人生さ」はどうでしょう?

登るばかりが人生とは思えません。

 

セルフカインドネスを利用して、
「後退してもいいんだよ」
とささやいてみましょう

 

セルフカインドネスは、自分自身に対して優しくすることです。

 

目標の実現を目指している最中、達成しなければいけないという自縛によって、疲れたり自信を失うことがありますね。

自分が立てたはずの目標が意味があったのだろうか、とさえ戸惑うこともあります。

「逃げてはいけない」「初志貫徹しなければ」という思いは立派ですが、時には自分を追い込むことがあります。

こんなとき、「一度、退いてみたら」「バックしてみたら」と自分自身にささやきかけてください。

 

セルフカインドネスを利用して、穏やかな気持ちを取り戻したいものです。

※ 固定ページ「セルフカインドネス」はこちらです。
「自分自身に優しくする」セルフカインドネス(Self-Kindness)

 

 

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9.悲しみは誰でも持っている。『でんでん虫の悲しみ』(新美南吉)

10.対話は、理解よりも共感が大切! -書籍と映画を通じて-

11.「自己責任論」を「セルフコンパッション」で乗り超える

12.自分の思い込みを知って、楽に生きよう!

13.映画「ありがとう、トニ・エルドマン」にみる父と娘

14.気持ちを素直に伝える。これがアサーションという権利

15.押してもダメなら引いてみな。「逆櫓の構え」

 

14.気持ちを素直に伝える。これがアサーションという権利

こんにちは。

紅葉が楽しみな頃となりました。

 

 

銀杏並木と紅葉並木、どちらを歩きたいでしょうか?

えっ!
相手に寄りけりですって?

 

今回は、「気持ちを表現することと、その方法」について考えたいと思います。

 

二つ前の投稿「12.自分の思い込みを知って、楽に生きよう!」と同様、

『自分の気持ちをきちんと〈伝える〉技術」(平木典子著、PHP研究所、2007年6年8日)を参考にします。

 

(画像引用:PHP)

 

遠慮や気遣いをして疲れていませんか?

 

こんなことはありませんか?

1.
夜中に知人から電話があり、愚痴や悩みを聞き続けた。

2.
頼まれたことを断ることが出来ず引き受けてしまう。

3.
ランチや飲み会に誘われ、行きたくないのについていった。

4.
相手の気持ちを考えると、自分の正直な感想を言えない。

5.
弱音(「疲れた」「嫌だ」「困った」「出来ない」)を言ってはいけないと思っている。

6.
相手の不愉快そうな顔を見たくないから、「自分は違う」といいにくい。

7.
顔では笑っているが、心は曇っている。

 

多かれ少なかれ、当てはまることがあるのではないでしょうか?

だいたいは、そんなとき、あとで嫌な気持ちや憂鬱な気持ちになります。

 

 

時には、「自分の我慢している気持ちをなんで相手は察してくれないのだろうか」と相手に腹が立ったりします。

さらに、我慢がたまりすぎると、人と付き合うのがおっくうになることさえあります。

 

アサーションという権利を知ろう

 

お互いを大切にしながらも、素直な気持ちで率直に相手とコミュニケーションをとることを「アサーション」と言います。

自分を主体として言い換えると、「アサーションとは、自他の権利を侵さない限り、自分を素直に自己表現をしてもよい」という意味です。

 

 

アサーションは、人みなが平等に持っている権利です。

(その時の言動や自己表現を「アサーティブ」と言います)

 

素直な気持ちを率直に伝えにくい理由とは?

 

素直な気持ちを率直に表現し合って付き合えれば気持ち良いですね。

でも、なかなか気持ちを率直に伝えることは難しいものです。

なぜでしょうか?

 

子ども時代から今までを思い出してみてください。

次のようなことを親や先生から言われたことはないでしょうか?

「あなたはまだ子供だから、親に口答えしてはいけません」。

「あなたは女性だから、〇〇しなさい/女性だから、〇〇してはいけません」。

「あなたは経験が少ないから、思ったことを勝手に口にしてはいけません」。

「あなたは年長者だから、年下の気持ちを大切にして我慢しなさい」。

これらを構図にすると、こうなります。

「あなたは〇〇だから → あなたは〇〇しなさい/してはいけません」。

 

 

次のようなお説教や助言を聞かれた方も多いのではないでしょうか。

「良い人とは〇〇だから → あなたは〇〇しなさい/してはいけません」。

「〇〇すると人が嫌な思いをするから → 〇〇してはいけません」。

このような言い方や無言の圧力に何年もさらされていますと、
「自分の本当の気持ちを表現してはいけない」と思い込むようになります。

この思い込みが、素直な気持ちを率直に伝えられない原因です。

 

別の視点から考え直してみます。

「常識とは何か?」という視点からです。

 

常識とは、幼少時は親や先生から、そして長じては会社や地域や風習から教え込まれて身についた思考の癖みたいなものです。

具体的には、次のような常識(思考の癖)です。

・ものわかりがよい人間であらねばならない。

・愚痴や弱音や寂しさを言ってはいけない。

・気持ちや意見は、相手の反応を見極めながら控えめに言わなければいけない。

・年長者の言うことに逆らってはいけない。

・人を傷つけてはいけない。

・誰からも嫌われてはいけない。

・頼まれたら嫌と言わずに引き受けるのが良い人である。

 

 

これらの常識は人と人の間を円滑にする知恵でもあります。

 

しかし、一方で、
常識というものは、
大人の都合がよい言い分であったり、
大人が子どもを自分の思い通りに動かすための言い訳として用いられることが多々あります。
(「大人」を「既得権者」と言い換えても良いです)

この常識にとらわれすぎると、自分の本来の気持ちを心の奥に閉じ込めてしまい、
結果として正直な気持ちを率直に表現することを控えてしまいがちです。

これでは、アサーティブな関係が築けませんね。

 

 

なお、性別・地位・役割・年齢などは社会的な属性です。

どの属性をどれくらい重んじるかは、時代によって変化します。

社会的に作られた属性にしばられることなく、属性よりも自分自身の正直な気持ちを優先させて話せたらどんなに楽だろうかと思います。

 

両者のアサーション権を尊重する

 

誤解なさらないように申し加えますと、無鉄砲に相手の考えを否定したり自分だけの考えを貫き通すことがアサーションではありません。

そうではなく、「まずは自分の思いを率直に正直に表現するということが大切だ」と言いたいのです。

 

自分と相手との気持ちや考え方が異なることは多いです。

日常的には葛藤やもめごとが当たり前のようにおこりますね。

お互いの思いが一致することの方が少ないと思っていて丁度よいくらいです。

両者が同じ意見と感覚を持つ必要はありません。

お互いの違いと表現を平等に尊重することが大切であり、歩み寄るという努力が必要なだけです。

 

歩み寄る第一歩として、お互いが正直な思いを伝えあうことが大切なのです。

相互の思いと意思を確認し合いながら歩み寄るという覚悟が決まれば、欲求不満や憂鬱が消えることでしょう。

 

 

 

 

自由であるために

 

アサーション権の根底には、「個人の自由と責任」という概念があると考えます。

言い換えれば、自分が自由に決めたことは人のせいにしないという覚悟をもつことです。

 

あなたの感じ方と考え方は、誰のものでもないあなた自身のものです。

人がどう思おうと、感じ方と考えはあなたのものであり、他人と合わせる必要はまったくありません。

そして、自分を素直に表現する「アサーション権」をあなたは持っています。

 

 

仮に、年下の友人が土曜のコンサートにあなたを誘ったとします。

友人からは「一人で行ってはいけないと家族からいわれているから、助けると思ってコンサートに付き合って」と懇願されました。

その日は伴侶とデートする約束が入っていました。

あなたは一緒に行く自由もありますし、断る自由もあります。

 

【コンサートに行く場合】

コンサートに行くには伴侶へ理解をしてもらわなければいけません。

伴侶に恨まれるかもしれません。

恨まれる可能性があることも含めて、コンサートに行くのは「あなたの責任」です。

友人には一切責任はありません。

 

【コンサートに行かない場合】

友人にガッカリされたり、時には冷たい人だと悪く思われるかもしれません。

しかし、コンサートに行かないとあなたが選んだのですから、友人からどのように思われようがあなたの責任です。

伴侶には一切責任はありません。

 

どちらを選んでも、選んだのはあなたですから、

「自由であるためには、どんな結果になっても誰も責めないという覚悟が必要です」。

最初は、誰のせいにもできず心もとないかもしれません。

しかし、この覚悟を持って判断する癖をつけますと、心に実に自由で爽やかな開放感が広がることでしょう。

 

 

アサーションはマインドフルネスです

 

自分の正直な気持ちを率直に表現すること、すなわちアサーティブな表現はマインドフルネスに通じます。

判断や思惑を排して、今の自分の気持ちを素直に感じることがマインドフルネスだからです。

 

仮に、寂しいという気持ちが生じたとします。

「私は今は寂しいと感じている」とそのまま受け止めることがマインドフルネスです。

この気持ちを分析する必要はありません。

「私は今は寂しいと感じている」という素直な気持ちをそのまま受け止めれば良いのです。

 

 

よくないのは、次のように気持ちをいじることです。

「私は今は寂しいと感じている」

「私はすぐにメールを流したのに、あなたから返事がないから私は寂しいんだ」

「メールが届いたら、あなたはすぐに返信すべきだ」

「メールが届かないのは、あなたが私を大切にしていないからだ」

「私はあなたから嫌われているに違いない」

「あなたとは別れるしかない」

 

わざと極端に書いてみました。

最初は「私は今は寂しいと感じている」と感じただけなのに、結論が「あなたとは別れるしかない」になっていることにお気づきのことと思います。

いきなり「あなたとは別れるしかない」、あるいは「私を寂しい思いにさせたあなたが悪い」と伝えると喧嘩になりますね。

次に相手に会ったときに、「私はメールがなくて寂しかった」という正直な気持ちをそのまま伝えればよいだけなのです。

相手は「メールを返信しないタイプなんだ」と答えるかもしれませんし、「あ、見過ごしていた」と答えるかもしれません。
あるいは、「寂しく思っていたんだね。ごめん」と答えるかもしれません。

どう答えるかは、相手の領域です。
あなたにできることは、相手に自分の正直な気持ちを伝えることだけです。
そして、それがベストです!

 

自分の気持ちを大切にし、率直に表現したいものですね。

 

留意点

「あえて表現しない」という選択もありです。

その方があなたにとって都合がよければ、なんでもかんでも表現する必要はありません。

表現するか表現しないか、どちらを選ぶかは自由です。

この自由もアサーション権です。

私が申したいのは、「表現するならば素直に率直に」ということです。

 

 

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12.自分の思い込みを知って、楽に生きよう!

13.映画「ありがとう、トニ・エルドマン」にみる父と娘

14.気持ちを素直に伝える。これがアサーションという権利

 

 

 

 

 

 

 

 

13.「ありがとう、トニ・エルドマン」にみる父と娘

こんにちは。

秋本番。

皆さんがお住まいの地域は晴れていますか?
こちらは、秋晴れですよー。

今日11月1日は、二つの記念日だそうです。

・灯台記念日

・計量記念日

 

心に灯をともしましょう。

まずは、灯台記念日について。

 

(画像引用:海上保安庁長官賞作品

 

Here are two pictures of the lighthouse I took in my hometown.

 

私の知人のお父さんは雪国の灯台守(とうだいもり)でした。

調べてみますと、
かつては250箇所の灯台に職員さんが常駐していましたが、
2006年12月5日をもって最後の有人灯台であった女島灯台(長崎県五島市)が無人となったそうです。

以下は灯台萌えの方へ。

日本の灯台50選(灯台を所管する海上保安庁が募集)
「燈光会サイト」
邦画「喜びも悲しみも幾歳月」(1957年 木下惠介監督)
・同上の「主題歌の歌詞」

 

あなたの心を計りたい。

 

次は、計量記念日について。

 

(画像引用:日本計量振興協会

 

ちょっと、家にある道具を思い出してみました。

・定規とメジャーと分度器
・体重計と体温計と血圧計と湿度計
・容量計量器
・水道メーターと電気メーター
・時計

私には想像すらできませんが、プロの方々は業種に合わせて色んな種類の計測器をお使いなのでしょうね。

思春期の頃、好きな同級生が自分のことをどう思っているか気になりませんでしたか?
そんなときに、相手の気持ちが分かる計測機器があったら便利だと思っていました。
任天堂のラブテスターみたいな機器です。

(画像引用:ヤフオク)

 

以下は、計り萌えの方へ。

「なんでもはかってみよう」コンテスト最優秀作品賞
うそ発見器

 

洋画「ありがとう、トニ・エルドマン」。

 

今回は映画「ありがとう、トニ・エルドマン」に登場する父娘の姿を通して、セルフコンパッションについて考えたいと思います。

(引用を明記していない画像は、公式サイト又はフリーソフトです)

 

主人公は父娘の二人です。

 

 

 

娘イネスは、30歳代のコンサルタント。
母国ドイツからルーマニアに転勤中です。

 

 

一方、父親トニ・エルドマンは、仕事一辺倒の娘が気になってしょうがありません。

(正確には、父の名はヴィンフリート。
トニ・エルドマンは自ら名付けた仮名です。)

 

 

もちろん、イネスはトニ・エルドマンにうんざりです。

映画は、最初から最後までこの二人の交流を丁寧に描いていきます。

詳しくは、公式サイト「ストーリー」を。

 

お前は生きているのか?

 

イネスの顧客は、ルーマニアの石油掘削会社。

掘削施設の保守運営部門を「外部委託するか否か」を顧客に提案するのがイネスのミッションです。

外部委託するならば、社員数百名の雇用は打ち止めとなります。

石油掘削会社の経営者は、今後の財務状況と労働組合の反発の間で右往左往します。

イネスはその経営者の顔色を伺いながら、提案内容を二転三転させます。

 

 

元々は音楽が好きでおおらかだったイネス。

今や仕事一辺倒、顧客に振り回される毎日です。

時に弱い立場にある人々を「あちら側の人扱い」しているイネスの姿をトニ・エルドマンは驚きの表情で見つめ続けます。

そして、ある日。

「お前は生きているのか?」
とイネスに向かってつぶやきます。

「お前は生きているのか?」の台詞についてはブログの最後に注釈を記します)

 

マインドフルネスにつながる台詞

 

「お前は生きているのか?」。

台詞が台詞だけにドキッとします。

しかし、父のつぶやきにイネスは顔色ひとつ変えません。

この場面、
イネス役の女優ザンドラ・ヒュラーと監督マーレン・アデの技が光ります!!!

 

監督マーレン・アデ

 

イネスはやるべき仕事に一生懸命です。

いいことですね。

でも、刻々と様変わりする顧客の思惑を考えるあまり、自分が自分であることを疎かにしています。

 

「お前は生きているのか?」

これは、「今の自分に立ち返りなさい」というマインドフルネスの基本を示す言葉だと私はとらえました。

 

今、あなたはあなた自身を生きていますか?

 

 

 

上記とアイキャッチ画像は、トニ・エルドマンの被り物、精霊のクケリです。
以下は、公式ページの説明。

ブルガリアで毎年1月から3月の間に行われる伝統的な祭りの際に着用される被り物。イネスの誕生日パーティーに登場する。
その昔、新春になるとブルガリアの様々な地域で、クケリに身を包んだ人々が、腰に付けたベルを鳴らしながら家々を訪れ、悪霊退治や家族の健康を祈っていた。現在もこの文化を継承している地域がある。日本の「ナマハゲ」に近い存在である。クケリは、五穀豊穣、子孫繁栄など幸せを運ぶものの象徴として今なお親しまれている。

以下は、クケリ萌えの方へ

ふっさふさ の もっこもこ! ブルガリアの奇祭クケリ!
日本のなまはげ
男鹿半島へ、本物の「なまはげ」に会いに行く

 

 

 注釈

「お前は生きているのか?」と私は受け止めていますが、
いくつかのブログを拝見しますと、「お前は人間か?」となっていました。
「お前は人間か?」が正しいのかもしれません。
今度DVDを借りて確かめてみますね。

 

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