37.自分と枠 :セルフカインドネス<セルフコンパッション

37.自分と枠 :セルフカインドネス<セルフコンパッション

こんにちは。

 

今回は、「自分自身」と「周囲にある枠」の関係について考えてみたいと思います。

 

 

署名欄のどこにサインしますか?

 

 

先日、携帯電話店に契約変更に行きました。

その時に、書類に署名をしました。

お店の方のご説明に疲れていたのでしょうか、

署名した後で見直すと、欄から署名がはみ出していました。

こんな感じ。

 

「署名が読みにくいでしょう。書き直しましょうか?」

と尋ねました。

 

「大丈夫ですよ。欄からはみ出すお客さまは多いですから。欄すら気にしない方も結構いらっしゃいますよ」

とのこと。

 

あ、そういうものなんだ。

枠を気にしない方までいるんだ、と安心しました。

 

同時に、本かサイトだったかは忘れましたが、ちょっと前に見た図を思い出しました。

この図について、次の章に書きますね。

 

スピーチに困ったら、こちらのサイトをヒントに
昭和オジサンが謎を基に、朝礼スピーチのネタをアドバイス

 

 

「枠」と「緑」はどっちが先にできたのか?

 

図とは、こんな感じの図でした。

図は二つありました。

 

 

【図1】

 

【図2】

 

・緑色は、自分自身とか本当の自分。

・黒い枠は、ルールとか常識とか普通とか社会

そのようなことを指していますという説明文があったような気がします。

 

(が、実はどんな説明だったか忘れてしまいました。
したがいまして、これから記しますことは、私の考えです)

 

この図を見て、

私は「【図1】のように自分を枠に合わせるべきだ」と思い込んでいたことに気づきました。

 

本当の自分は緑色の形。

でも、自分を黒枠に当てはめようと努力していました。

 

私にとりましては、緑が自分自身なのに、窮屈にも枠に当てはめようとしていました。

 

 

枠は色んな形があっても、いいかもしれない

 

 

さて、こんな黒枠は、いかがでしょうか?

 

【図3】

【図4】

 

図3も図4も、緑に合わせて黒枠を描きました。

 

人それぞれの特徴に合わせて、黒枠が出来ていたら、なんだか気楽な感じですね。

 

 

 

そもそも枠がなくてもいいんじゃないのかな?

 

 

そうなんです、枠はなくてもいいのです。

 

緑色だけの世界!

 

 

地球が出来た時を想像してみたください。

今のような枠があるはずがありません。

 

人類が誕生して何年か経ってから、ようやく大枠が出来ただけだと思うのです。

大枠は、最初は丸い枠だったかもしれないし、星型の枠だったのかもしれません。

 

最初の枠自体は、今のような太い枠ではなく、はみだし可能な柔らかい枠だったかもしれません。

 

 

では、なぜ枠が出来たのでしょうか?

 

 

人が共同生活を送るようになってから徐々に枠が増え始めたのではないでしょうか?

お互いが喧嘩しないように、ある程度の決まりごととして枠が必要になったからだと思います。

 

枠は、何人もの人が共同生活を送るようになってから作られ始め、徐々に枠は太くなり数も増えたのだと思います。

 

 

枠との付き合い方

 

 

枠の中には、太い枠もあれば、細い枠・柔らかい枠もありますね。

自分を押さえつけるような太い枠は窮屈ですよねえ。

しかし、共同生活を送るためには、何かしらの枠が必要であり従わざるを得ません。

仕方ないことですね。

 

ただ、枠なんてないのに、自分で枠を作っている方もいらっしゃると感じることがあります。

その代表格は、私です。

 

親や学校の先生や会社の上司からアレコレと言われて、それに従っているうちに、枠を私が思い込みで作ったのかもしれません。

本当は無い枠に遠慮して、配慮して、忖度して、自分自身をその枠に閉じ込めてきただけかもしれません。

 

さて、太宰治の『人間失格』に次のくだりがあります。

(太文字は私が太くしました)

 

「しかし、お前の、女道楽もこのへんでよすんだね。これ以上は、世間が、ゆるさないからな
世間とは、いったい、何の事でしょう。人間の複数でしょうか。どこに、その世間というものの実体があるのでしょう。けれども、何しろ、強く、きびしく、こわいもの、とばかり思ってこれまで生きて来たのですが、しかし、堀木にそう言われて、ふと、
世間というのは、君じゃないか
という言葉が、舌の先まで出かかって、堀木を怒らせるのがイヤで、ひっこめました。
(それは世間が、ゆるさない)
(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)
(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ)
(世間じゃない。あなたでしょう?)
(いまに世間から葬られる)
(世間じゃない。葬むるのは、あなたでしょう?)
汝《なんじ》は、汝個人のおそろしさ、怪奇、悪辣《あくらつ》、古狸《ふるだぬき》性、妖婆《ようば》性を知れ! などと、さまざまの言葉が胸中に去来したのですが、自分は、ただ顔の汗をハンケチで拭いて、
「冷汗《ひやあせ》、冷汗」
と言って笑っただけでした。
けれども、その時以来、自分は、(世間とは個人じゃないか)という、思想めいたものを持つようになったのです。
そうして、世間というものは、個人ではなかろうかと思いはじめてから、自分は、いままでよりは多少、自分の意志で動く事が出来るようになりました。シヅ子の言葉を借りて言えば、自分は少しわがままになり、おどおどしなくなりました。

 

以上引用終わり

 

 

そうなのです。

 

枠というものは、あたかも皆で討論して作ったものであると見せかけて、実は強引な人が勝手に作ったものであることも多いと思います。

相手を自分に従わせるために、「枠を守りなさい」(小説の台詞では「世間が、ゆるさないからな」)と言うケースです。

枠を味方につけて、人を思い通りにさせるテクニックですね。

これに引っかかっては損です。

 

 

セルフカインドネスで身を守ろう

 

 

枠も大切。

枠に従っていた方が楽な時は、枠の中にいましょう。

でも、枠が窮屈すぎるならば、枠よりも自分自身を大切にしたいです。

 

「自分を大切に」。

これはセルフカインドネスのこと。

枠をしばらく忘れて、自分自身でいることができる時間と場所を作りたいです。

 

自分で自分に優しくしてあげましょう。

 

 

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