9.悲しみは誰でも持っている。『でんでん虫の悲しみ』(新美南吉)

こんにちは。

サッカーワールドカップ、コロンビア戦!

日本のパス回しが素晴らしかったですね。

視聴率は40%台だったそうです。

 

今回は、先日ラジオで聴いた童話を。

(アイキャッチ画像引用:新樹社)

 

『デンデンムシノ カナシミ』(新美南吉)

 

 

まずは、童話の全文を記します。

一匹のでんでん虫がありました。
ある日、そのでんでん虫は大変なことに気がつきました。
「私は今までうっかりしていたけれど、私の背中の殻の中には悲しみがいっぱい詰まっているではないか」
この悲しみはどうしたらよいでしょう。

でんでん虫は、お友だちのでんでん虫のところにやってきました。
「私はもう生きていられません」
とそのでんでん虫はお友だちに言いました。

「何ですか」
とお友だちのでんでん虫は聞きました。

「私はなんという不幸せな者でしょう。私の背中の殻の中には悲しみがいっぱい 詰まっているのです」
と初めのでんでん虫が話しました。

すると、お友だちのでんでん虫は言いました。
「あなたばかりではありません。私の背中にも悲しみはいっぱいです。」

それじゃ仕方ないと思って、初めのでんでん虫は、別のお友だちのところへ行きました。

すると、そのお友だちも言いました。
「あなたばかりじゃありません。私の背中にも悲しみはいっぱいです」

そこで、初めのでんでん虫はまた別のお友だちのところへ行きました。
こうして、お友だちを順々に訪ねていきましたが、どのお友だちも同じことを言うのでありました。

とうとう、初めのでんでん虫は気がつきました。

「悲しみは誰でも持っているのだ。私ばかりではないのだ。私は私の悲しみをこらえて生きなきゃならない」
そして、このでんでん虫は、もう嘆くのを止めたのであります。

 

 

原文は、すべて分かち書きのカタカナで書かれています。
勝手ながら、私がカタカナを漢字にし、分かち書きをなくして表記しました。

原文はこちらをクリック→青空文庫

朗読はこちらをクリック→YouTube

 

自分だけではない。みんな悲しみを背負っている

 

ジーンときました。

初めのでんでん虫は私と同じだと感じました。

 

 

>「私は今までうっかりしていたけれど、私の背中の殻の中には悲しみがいっぱい詰まっているではないか」

悲しみがいつも自分の心を覆っているという事実に気付くことがあります。

 

>この悲しみはどうしたらよいでしょう。

悲しみをどうにかして心から追い出したいともがく日々です。

 

>「私はもう生きていられません」

この悲しみがある以上、自分は一生不幸だと暗くなることもあります。

 

>「あなたばかりではありません。私の背中にも悲しみはいっぱいです。」

明るそうに見える人、元気で何の苦しみもない人のように見えても、実はだれしも悲しみを抱いているのですね。

悲しみを持つのは自分だけではない、

みな同様なのだ、

と、でんでん虫は気付いたのですね。

 

>「悲しみは誰でも持っているのだ。私ばかりではないのだ。私は私の悲しみをこらえて生きなきゃならない」

そうなんです。

生きるとは、良いことばかりではないです。

むしろ、マイナスの出来事に出会うことが多いくらいかもしれません。

プラスもマイナスも両方を背負いながら、生という営みを続けているのですね。

 

>そして、このでんでん虫は、もう嘆くのを止めたのであります。

『嘆くのを止めた』とは、

きっと、悲しみも抱えながら生きていくということを受け入れたのだと思います。

 

 

コモンヒューマニティー:Common Humanity

 

でんでん虫の気づきは、このサイトのテーマであるコモンヒューマニティー(Common Humanity)と同じだと思いました。

悲しみと苦悩の真っ最中にいるときは、自分だけが苦しんでいると思いがちですね。

こんなとき、「自分だけじゃない」と考えるだけで、心が落ち着いてくると思います。

コモンヒューマニティー(Common Humanity)にご興味がある方は、このサイト内の固定ページ「その2.「自分も人も共通」Common Humanity」をご覧いただけましたら幸いです。

 

 

受け止める・受け入れる・受け流す

 

悲しみや苦難に出会ったとき、どのように付き合っていますか?

最初は、拒絶したり追い出そうとしたりして、私はあがきます。

次に、逃げ出そうとします。

 

でも、あがけばあがくほど、逃げれば逃げるほど、悲しみと苦難の穴に落ち込んでしまいます。

 

このとき、便利な言葉を思い出すように心がけています。

「受け止める」と「受け入れる」と「受け流す」です。

 

てんとう虫は、『私は私の悲しみをこらえて生きなきゃならない』ことにしました。

この『こらえる(堪える)』は何だか道徳的すぎる印象を私は持ちました。

 

『こらえる(堪える)』を、「受け止める」と「受け入れる」と「受け流す」に替えると、心が軽くなる印象になると思います。

「受け止める」と「受け入れる」と「受け流す」を使い分ければ良いと考えます。

 

事実は「受け止める」。

悲しい心は「受け入れる」。

人からの心ない発言や態度は「受け流す」。

 

よろしかったら、この三つの言葉を使い分けながら、悲しみと付き合ってみてくださいね。

 

 

(画像の洋画『カサブランカ』の主人公は、三つをうまく使い分けて悲しみと付き合ったと思います)

 

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6.認知症だった母への罪悪感

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9.悲しみは誰でも持っている。『でんでん虫の悲しみ』(新美南吉)

 

 

 

 

 

 

 

 

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