53.「ありたい自分」と「あるべき自分」ではなく、「あるがままの自分」に軸足を置こう。:セルフカインドネス

53.「ありたい自分」と「あるべき自分」ではなく、「あるがままの自分」に軸足を置こう。:セルフカインドネス

こんにちは。

 

水田に水が張られ、苗が植えられましたね。

これからの季節、山の緑が深まっていく姿が楽しみです。

 

 

 

※なにげない謎、朝礼スピーチのお話は、
「昭和オジサンが謎を基に、朝礼スピーチのネタをアドバイス」

 

 

今回は、「ありたい自分」と「あるべき自分」は「心の中にだけあるもので、実際には存在しない」ということについて記したく思います。

「当たり前だよ」と仰ることでしょう。

しかし、「ありたい自分」と「あるべき自分」になろうとあくせくし、肝心の「実際の自分(あるがままの自分)」を疎かにしクタクタになっている方々も多くいらっしゃいます。

この私もそうです。

 

【目次】

1.「こうありたい自分」と「こうあるべき自分」

2.「あるがままの自分」が真実の自分です

3.「実際に存在するありのままの自分」を大切にする方法

4.追記:開き直りのススメ

5.セルフコンパッションに関する今までの投稿一覧

 

 

1.「こうありたい自分」と「こうあるべき自分」

 

こんな気持ちを持ったことはありませんか?

 

1.自分はパートナーや子供の気持ちにいつも添わなければいけない。

2.自分は誰に対しても親切にしなければいけない。

3.自分は部下から尊敬されたい。

4.自分は家庭でも地域活動でも良い人でなければいけない。

5.自分は誰からも嫌われたくない。

6.自分はこんなに頑張っているから人から褒められるべきだ。

7.苦情や批判をする人は、自分を勘違いしているから腹が立つ。

8.このスタイルでさえなければ、自分はカッコいいのに。

9.あの時に〇〇していたら今は△△だったはずだと思えて悔しい。

10.上司の指示に従い頑張りすぎて心身が不調になったのは許せない。

11.こんなに相手を大切にしているに、相手は一度も感謝してくれない。

12.困った事態に対しても不安を抱かずに対処できる肝が座った人だと思われたい。

13.自分を甘やかしてはいけない。自分に厳しくすべきだ。

14.ダメな自分やミスをする自分や人をうっかり傷つけた自分は罰せられなければいけない。

15.身近な周囲にも広い世界にも辛い人々がいるから、自分が幸せであってはいけない。

16.独りぼっちであってはいけない。

17.疲れていても、やるべきことがあればすべきだ。

18.人を優先して気遣いすぎて、結局は自分が疲れてイライラする。

 

私は3分の2くらい、当たっています(本当は9割?)。

 

良い人であり褒められたいし、人から好かれるべきだと思っているのですね。

そうですから、評価してくれない人に八つ当たりしたくなります。

 

特に、頑張っているつもりなのに評価されないときが辛いです。

評価されている人と評価した人に対して表立っては文句を言えませんから。

もんもんとしている期間が長くなりますと、

そのうちに怒りと虚しさが自分自身を取り巻き、

最後は自分自身を責めてしまいます。

 

 

 

 

さらに、

さらにです。

評価されない自分を否定したいがために、言い訳を積み重ねるのです。

人に対しても、自分に対しても。

どこまでもイイ人でいたいのです。

あなたはイイ人ね、と言ってもらいたいのですね。

 

こんなときは、

恥ずかしさと情けなさで自尊感情など吹き飛び、

ただただ「もうイヤだ」と叫びたい気分。

自己嫌悪。

自分を責めて、罪悪感の泥沼に落ち込みます。

 

 

2.「あるがままの自分」が真実の自分です

 

落ち着いて自分という存在を考えてみますと、

「ありたい自分」と「あるべき自分」って、実際にはどこにも存在しないということに気付きます。

そういう自分って、「こうありたい」「こうあるべきだ」と自分の心の中で思っているだけの姿ですから。

 

実際に存在するのは、情けなく恥ずかしい自分だけ。

 

「こうありたいけどもそうなれない自分」、

「こうあるべきだけどもそうできない自分」、

そんな自分が存在するだけです。

 

この自分こそが、「実際に存在する自分」なのです。

換言するならば、「あるがままの自分」だけが存在します。

これが現実であり、事実です。

(と、言い切ってみますね)

 

 

 

ということは、

日ごろの私は、実際にはあり得ない自分を自分だと思い込んでしまい、

この「自己像」に振り回されているからこそ辛いのだと思います。

ありえない自己像を手放してしまって、

「実際に存在するありのままの自分」を新たな自己像とすれば、

辛さが少なくなるのではないかと思いました。

 

人から認められたい自分も自分、

人を羨む自分も自分、

気の弱い自分も自分、

人を傷つけることがある自分も自分。

他方、

頑張っている自分も自分、

人の気持ちに添おうとしている自分も自分。

 

何をやり、何を感じても、

プラスもマイナスも「実際に存在するありのままの自分」。

 

心の中にしか存在しない「ありたい自分」と「あるべき自分」よりも、

実際に存在する「ありのままの自分」を大切にしたいです。

 

ただ、私は「ありたい」と「あるべき」を否定するつもりはありません。

「ありたい」「あるべき」という気持ちが自分を支えたり向上させるエネルギーになることがあるからです。

ですので、次のように記す方が正確かもしれません。

「ありたい自分」と「あるべき自分」よりも、実際に存在する「ありのままの自分」に軸足を置きたいです。

 

 

 

 

3.「実際に存在するありのままの自分」を大切にする方法

 

 

カッコイイ自分や善人の自分を受け入れるのは心地よいのですが、

人から認めらない自分、弱い自分、失敗続きの自分、孤独な自分を受け入れるのは辛いですね。

 

どうしたら、プラスの自分だけでなく、マイナスの自分も受け入れられるようになるのでしょうか?

 

私は、セルフカインドネスの力を利用するのが良いと思います。

 

セルフカインドネスとは、

自分に対して自分が優しくすること

困っている人に自分が接するときのように、善悪を棚上げして、批判せずにありのままの気持ちを受け止めること。

自分にも優しい気持ちで接すること。

仏教用語(?)で申せば、慈悲の心で自分自身に語り掛けること。

 

 

人も自分も平等です。

悲しんでいる人に親切にできるならば、悲しんでいる自分自身にも同じように親切にしていいのです。

自分は特別な存在ではなく、みなと同じくこの世で生きている存在ですから、

自分にだけ厳しい目を向けるのは、平等ではないです。

 

自分に向けって、こう言ってさしあげてください。

「辛かったね」、

「悲しい気持ちだね」、

「結果は残念だったけど、自分なりに頑張ったよ」、

「誤解されたのは悔しいね。でも悪意がなかったことは分かっているよ」、

「人もOK。自分もOK」

 

 

 

落ち着いてきましたら、

人も大事だし、自然も大事だし、自分も同様に大事だという気持ちがお腹から静かに湧いてくることでしょう。

全人類みな形は違えども、多かれ少なかれ同じ悩みを持って生きていることにも気づくでしょう。

自分だけという孤独感から開放され、人と自分と地球の全ての物が一体となる感覚が生まれるかもしれません。

これこそが「コモンヒューマニティー」ですね。

このブログの固定ページ→ 概要その3.「自分も人も共通」コモンヒューマニティー(Common Humanity)

 

 

 

以下のリンク先もご一読いただけましたら幸いです。

このブログの固定ページ→概要その8.日本心理学会の特集『セルフ・コンパッションと「あるがまま」』

 

 

 

4.追記:開き直りのススメ

 

ここで文章を終えるつもりだったのです。

でも、今日(2021.5.21)読んだサイト「自由ネコ」が示唆に富んでいましたので、おまけとして記します。

 

サイトのトレードマークとキャラクター ↓ ↓ ↓

 

 

以下に、興味深かった文章を幾つか(たくさん)引用しますね。

使われている単語と表現が少し過激な文章だったのですが、

「なるほど! こんな表現もアリなんだな」と思いました。

 

最終奥義。っていうか最後の手段。

人並みの生活がしたい、という「欲」を捨ててください。

普通の人生を歩みたい、という「欲」を捨ててください。

今よりもマシな存在になりたい、という「欲」を捨ててください。

人間的に成長したい、という「欲」を捨ててください。

そうすれば呪縛から解放されます。

どうですか?

その「欲」を捨てることができますか?

できないでしょう。

出来なくて当たり前。

それでOKです。

 

例えば会社で、月に300時間のサービス残業をしなければならなくなったとしましょうか。無茶苦茶な話です。

その時、上司や先輩がこうささやくわけです。

「でも、この困難を乗り越えれば人間的な成長が見込めるよ」

会社だけではなく学校でも使えます。

学校に行きたくないよ~。

いやだよ~。居場所が無いよ~~。

「でも、いま頑張って学校に行けば人間として成長できるよ」 

嫌がってる人に何かをやらせるときに、非常に便利な言葉なんだよね。

「人間として成長できます」っていうセリフ。

文字通り、人を殺せる力を持つ殺し文句だと思う。

過労死する人なんかは、実際に殺されてるようなもんだよね。

そしてこれって、他人から言われるケースよりも、おそらく、

自分で自分に言い聞かせてるケースの方が断然、多いと思うね。

だからこそ厄介なのかも知れない。

多くの人は自分で自分に呪いをかけている。

 

サッパリ成長しないまま、無様でヘタレで、みっともなくて、社会の役に立たないまま、ゴミのように生きればいいんだよ。

そうすりゃ、今まで自分が背負ってきたプレッシャーから解放されるんだ。

ただ問題は、その覚悟ができるかどうか?なんだよね~。

今、人生がつらい人、苦しい人は、

試しに、脳内で思考実験してみるといい。

頭の中で想像してみる。

自分がさまざまな欲を捨てた場合、どれだけストレスから解放されるのか?

できるだけリアルにイメージしてみてごらん。

 

社会復帰したいとか、

ちゃんとした社会人になりたいとか、

今よりもマシになりたいとか、

誰かの役に立ちたいとか、

立派になりたいとか、

人として成長したいとか、

褒められたいとか、

家族に迷惑をかけないようにしたいとか、

金持ちになりたいとか、

幸せそうだと思われたいとか、

みんなに好かれる憧れの存在になりたいとか、

そういった

自分に対する「期待」を全部まるごと捨ててみる。

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

どうよ?

おそらく今、脳内の自分自身は大半のストレスから解放されてるはずだよ。

 

「成長しなきゃ!」って思うのは、今の自分ではまだ足りないと感じているからだ。

ありのままの自分をうわべだけではなく「本当」に受け入れるということは、今以上の存在になる可能性のない、現状維持の自分自身のことでさえも100%認めてあげる、ということだ。

できてますか?

できてないよな。

だからあなたは、苦しいんだよ。

 

私はもう、自分に期待するのは辞めた。

どうしようもないクズ人間のまま生きる。

そう腹をくくったわけです。

覚悟を決めたワケ。

やけくそだよね。

なかば自暴自棄。

例え全世界から非難を浴びても、そんなもん知るか!

「ワシはこの生き方しかできないんじゃボケ!」

完全に開き直った。

で、そうするとどうなったか。

ブレなくなった。

精神的に安定するようになった。

何か、スゲーバカバカしい話なんだけどね。

自己嫌悪に陥らなくなった。

自分自身がワンランクアップしたわけではないのに。

今までの自分と何ら変わりないクズのまま。

しかし、自分に対する見方が変わった。

以前は自分に対して合格点を出せなかったけど

今では「合格?不合格?知るかよ、そんなこと。ドアホ!」で済ませることができる。

こうなってくると、もう、怖いもんなし。

 

え~~と。

「もう人生ダメだぁ~!死ぬしかない…」

っていうところまで追い込まれた人は「自分に対する期待」を捨てちゃおう、ってことね。

そうすると一気に生き易くなるからね。

今まで何に苦しんでいたんだ?って拍子抜けするくらい、目の前が拓けてきます。

ただ、自分自身のふがいなさを受け入れるのがすごく大変なんだけどね。

そしてもうひとつ。

「欲」を捨て去るのは、容易なことじゃないってことね。

一朝一夕にマスターできません。

物凄く時間も労力もかかります。

とりあえず10年だな。

楽して簡単にその境地を手に入れようとしてもダメです。

それは考えが甘すぎ。アマアマ。

※追記

実を言うと、別に「全ての欲」を捨てなくても全然OKなんですよね。

むしろ「クズ野郎」なら煩悩ゴリゴリで上等ですから。

(可能なら捨てたほうがいいんだろうけどね、難しい)

 

今回の話の一番のポイントは

どうしようもないところまで追い詰められて死を選んだり、病気になっちゃうよりは

「人として成長したい(変わりたい)」という欲望を手放す

っていうことね。

言い方を変えれば、

「今の自分を認めることができない!だから変わりたい」

という、前向きっぽいけど実は後ろ向きな想いを手放す、ということね。

今回言いたかった一番のキモはそこね。

それと、

「お前は、他者を救いたいという欲にまみれてるじゃねぇか」

という指摘があったようですが、まぁ、欲はいろいろとあるんでしょうね。

欲があること自体は否定しない。

ただね、おそらくちょっと違う。

他人を救うというよりも、自分を救おうと思ってるんだなぁ。

 

 

「自由ネコ」→「生きづらさを抱える人へ。「もう無理。限界だ」と思ったら読んでね。+追記」

 

 

 

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