14.気持ちを素直に伝える。これがアサーションという権利

こんにちは。

紅葉が楽しみな頃となりました。

 

 

銀杏並木と紅葉並木、どちらを歩きたいでしょうか?

えっ!
相手に寄りけりですって?

 

今回は、「気持ちを表現することと、その方法」について考えたいと思います。

 

二つ前の投稿「12.自分の思い込みを知って、楽に生きよう!」と同様、

『自分の気持ちをきちんと〈伝える〉技術」(平木典子著、PHP研究所、2007年6年8日)を参考にします。

 

(画像引用:PHP)

 

遠慮や気遣いをして疲れていませんか?

 

こんなことはありませんか?

1.
夜中に知人から電話があり、愚痴や悩みを聞き続けた。

2.
頼まれたことを断ることが出来ず引き受けてしまう。

3.
ランチや飲み会に誘われ、行きたくないのについていった。

4.
相手の気持ちを考えると、自分の正直な感想を言えない。

5.
弱音(「疲れた」「嫌だ」「困った」「出来ない」)を言ってはいけないと思っている。

6.
相手の不愉快そうな顔を見たくないから、「自分は違う」といいにくい。

7.
顔では笑っているが、心は曇っている。

 

多かれ少なかれ、当てはまることがあるのではないでしょうか?

だいたいは、そんなとき、あとで嫌な気持ちや憂鬱な気持ちになります。

 

 

時には、「自分の我慢している気持ちをなんで相手は察してくれないのだろうか」と相手に腹が立ったりします。

さらに、我慢がたまりすぎると、人と付き合うのがおっくうになることさえあります。

 

アサーションという権利を知ろう

 

お互いを大切にしながらも、素直な気持ちで率直に相手とコミュニケーションをとることを「アサーション」と言います。

自分を主体として言い換えると、「アサーションとは、自他の権利を侵さない限り、自分を素直に自己表現をしてもよい」という意味です。

 

 

アサーションは、人みなが平等に持っている権利です。

(その時の言動や自己表現を「アサーティブ」と言います)

 

素直な気持ちを率直に伝えにくい理由とは?

 

素直な気持ちを率直に表現し合って付き合えれば気持ち良いですね。

でも、なかなか気持ちを率直に伝えることは難しいものです。

なぜでしょうか?

 

子ども時代から今までを思い出してみてください。

次のようなことを親や先生から言われたことはないでしょうか?

「あなたはまだ子供だから、親に口答えしてはいけません」。

「あなたは女性だから、〇〇しなさい/女性だから、〇〇してはいけません」。

「あなたは経験が少ないから、思ったことを勝手に口にしてはいけません」。

「あなたは年長者だから、年下の気持ちを大切にして我慢しなさい」。

これらを構図にすると、こうなります。

「あなたは〇〇だから → あなたは〇〇しなさい/してはいけません」。

 

 

次のようなお説教や助言を聞かれた方も多いのではないでしょうか。

「良い人とは〇〇だから → あなたは〇〇しなさい/してはいけません」。

「〇〇すると人が嫌な思いをするから → 〇〇してはいけません」。

このような言い方や無言の圧力に何年もさらされていますと、
「自分の本当の気持ちを表現してはいけない」と思い込むようになります。

この思い込みが、素直な気持ちを率直に伝えられない原因です。

 

別の視点から考え直してみます。

「常識とは何か?」という視点からです。

 

常識とは、幼少時は親や先生から、そして長じては会社や地域や風習から教え込まれて身についた思考の癖みたいなものです。

具体的には、次のような常識(思考の癖)です。

・ものわかりがよい人間であらねばならない。

・愚痴や弱音や寂しさを言ってはいけない。

・気持ちや意見は、相手の反応を見極めながら控えめに言わなければいけない。

・年長者の言うことに逆らってはいけない。

・人を傷つけてはいけない。

・誰からも嫌われてはいけない。

・頼まれたら嫌と言わずに引き受けるのが良い人である。

 

 

これらの常識は人と人の間を円滑にする知恵でもあります。

 

しかし、一方で、
常識というものは、
大人の都合がよい言い分であったり、
大人が子どもを自分の思い通りに動かすための言い訳として用いられることが多々あります。
(「大人」を「既得権者」と言い換えても良いです)

この常識にとらわれすぎると、自分の本来の気持ちを心の奥に閉じ込めてしまい、
結果として正直な気持ちを率直に表現することを控えてしまいがちです。

これでは、アサーティブな関係が築けませんね。

 

 

なお、性別・地位・役割・年齢などは社会的な属性です。

どの属性をどれくらい重んじるかは、時代によって変化します。

社会的に作られた属性にしばられることなく、属性よりも自分自身の正直な気持ちを優先させて話せたらどんなに楽だろうかと思います。

 

両者のアサーション権を尊重する

 

誤解なさらないように申し加えますと、無鉄砲に相手の考えを否定したり自分だけの考えを貫き通すことがアサーションではありません。

そうではなく、「まずは自分の思いを率直に正直に表現するということが大切だ」と言いたいのです。

 

自分と相手との気持ちや考え方が異なることは多いです。

日常的には葛藤やもめごとが当たり前のようにおこりますね。

お互いの思いが一致することの方が少ないと思っていて丁度よいくらいです。

両者が同じ意見と感覚を持つ必要はありません。

お互いの違いと表現を平等に尊重することが大切であり、歩み寄るという努力が必要なだけです。

 

歩み寄る第一歩として、お互いが正直な思いを伝えあうことが大切なのです。

相互の思いと意思を確認し合いながら歩み寄るという覚悟が決まれば、欲求不満や憂鬱が消えることでしょう。

 

 

 

 

自由であるために

 

アサーション権の根底には、「個人の自由と責任」という概念があると考えます。

言い換えれば、自分が自由に決めたことは人のせいにしないという覚悟をもつことです。

 

あなたの感じ方と考え方は、誰のものでもないあなた自身のものです。

人がどう思おうと、感じ方と考えはあなたのものであり、他人と合わせる必要はまったくありません。

そして、自分を素直に表現する「アサーション権」をあなたは持っています。

 

 

仮に、年下の友人が土曜のコンサートにあなたを誘ったとします。

友人からは「一人で行ってはいけないと家族からいわれているから、助けると思ってコンサートに付き合って」と懇願されました。

その日は伴侶とデートする約束が入っていました。

あなたは一緒に行く自由もありますし、断る自由もあります。

 

【コンサートに行く場合】

コンサートに行くには伴侶へ理解をしてもらわなければいけません。

伴侶に恨まれるかもしれません。

恨まれる可能性があることも含めて、コンサートに行くのは「あなたの責任」です。

友人には一切責任はありません。

 

【コンサートに行かない場合】

友人にガッカリされたり、時には冷たい人だと悪く思われるかもしれません。

しかし、コンサートに行かないとあなたが選んだのですから、友人からどのように思われようがあなたの責任です。

伴侶には一切責任はありません。

 

どちらを選んでも、選んだのはあなたですから、

「自由であるためには、どんな結果になっても誰も責めないという覚悟が必要です」。

最初は、誰のせいにもできず心もとないかもしれません。

しかし、この覚悟を持って判断する癖をつけますと、心に実に自由で爽やかな開放感が広がることでしょう。

 

 

アサーションはマインドフルネスです

 

自分の正直な気持ちを率直に表現すること、すなわちアサーティブな表現はマインドフルネスに通じます。

判断や思惑を排して、今の自分の気持ちを素直に感じることがマインドフルネスだからです。

 

仮に、寂しいという気持ちが生じたとします。

「私は今は寂しいと感じている」とそのまま受け止めることがマインドフルネスです。

この気持ちを分析する必要はありません。

「私は今は寂しいと感じている」という素直な気持ちをそのまま受け止めれば良いのです。

 

 

よくないのは、次のように気持ちをいじることです。

「私は今は寂しいと感じている」

「私はすぐにメールを流したのに、あなたから返事がないから私は寂しいんだ」

「メールが届いたら、あなたはすぐに返信すべきだ」

「メールが届かないのは、あなたが私を大切にしていないからだ」

「私はあなたから嫌われているに違いない」

「あなたとは別れるしかない」

 

わざと極端に書いてみました。

最初は「私は今は寂しいと感じている」と感じただけなのに、結論が「あなたとは別れるしかない」になっていることにお気づきのことと思います。

いきなり「あなたとは別れるしかない」、あるいは「私を寂しい思いにさせたあなたが悪い」と伝えると喧嘩になりますね。

次に相手に会ったときに、「私はメールがなくて寂しかった」という正直な気持ちをそのまま伝えればよいだけなのです。

相手は「メールを返信しないタイプなんだ」と答えるかもしれませんし、「あ、見過ごしていた」と答えるかもしれません。
あるいは、「寂しく思っていたんだね。ごめん」と答えるかもしれません。

どう答えるかは、相手の領域です。
あなたにできることは、相手に自分の正直な気持ちを伝えることだけです。
そして、それがベストです!

 

自分の気持ちを大切にし、率直に表現したいものですね。

 

留意点

「あえて表現しない」という選択もありです。

その方があなたにとって都合がよければ、なんでもかんでも表現する必要はありません。

表現するか表現しないか、どちらを選ぶかは自由です。

この自由もアサーション権です。

私が申したいのは、「表現するならば素直に率直に」ということです。

 

 

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5.母を亡くしました

6.認知症だった母への罪悪感

7.罪悪感を手放す具体的な方法

8.罪悪感と怒りとは同じものかもしれません

9.悲しみは誰でも持っている。『でんでん虫の悲しみ』(新美南吉)

10.対話は、理解よりも共感が大切! -書籍と映画を通じて-

11.「自己責任論」を「セルフコンパッション」で乗り超える

12.自分の思い込みを知って、楽に生きよう!

13.映画「ありがとう、トニ・エルドマン」にみる父と娘

14.気持ちを素直に伝える。これがアサーションという権利

 

 

 

 

 

 

 

 

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